手術支援ロボット業界最大手のIntuitive Surgical社は、第4世代となるダヴィンチ Xiシステムを開発、FDAの承認を受けた。ダヴィンチ(da Vinci Surgical System)は、マスタースレイブ型の内視鏡下手術支援ロボットであり、2000年の発売以来世界各地で2000台以上導入されている。ロボット手術は素晴らしい技術ではあるが、まだまだ議論・改善の余地がある技術でもある。
ダヴィンチの特徴
ダヴィンチの特徴については以前執筆した記事にまとめたが、ダヴィンチは内視鏡手術をサポートするロボットだ。内視鏡手術は、手術創が従来の開腹・開胸手術等に比べ小さく、近年多くの手術で普及している低侵襲な手術法である。しかし、内視鏡下手術は視野が狭く、器具の操作が難しいため習得に時間が掛かるとされている。
ダヴィンチによる手術では、内視鏡カメラとアームを患者に挿入し、術者が3Dモニターを見ながら遠隔操作で装置を動かすと、その手の動きがコンピュータを通してロボットに忠実に伝わり、手術器具が連動して手術を行う。その高い技術力によって本能的にアームを動かすことが可能で、習得までの期間は内視鏡に比べて遥かに短く、しかも従来不可能とされていた動きを行うことが出来るため、医師にとって”優しい”手術を行うことが出来る。
今回発売された、第四世代のダヴィンチ Xiシステムはより扱いやすく、手術をより簡易に行うことが出来るように、内視鏡やアーム、更にはアームを動かすオーバーヘッドアーキテクチャの改善が行われた。また、大きなポイントとして、蛍光イメージングシステムの導入があげられる。(現段階では未認可)
蛍光イメージングシステムを活用することで、血管や胆管及び毛細血管をリアルタイムに視覚化し判別することを可能にすることで、より正確な手術を可能にする。
ダヴィンチを用いることでのメリットは数え切れないほどあるが、今回はあえてそのマイナス部分に着目してみたいと思う。
ダヴィンチの抱える問題1 :コスト面の問題
自由診療が進む米国などと違い、日本では「根治的前立腺全摘除術」のみがダヴィンチ手術において保険適応を受けた。
2012 年4月に健康保険に「内視鏡手術用支援機器加算5万4,200点」が新設されたものの、「前立腺悪性腫瘍手術4万1,080点」を合わせても9万5,280点で、従来からの「腹腔鏡下前立腺悪性腫瘍手術7万7,430点」との差は約2万点程度に過ぎないため、現段階でロボット手術のコストを考えると、手術をすればするほど医療機関の採算は悪化するというのが現状だ。(ダヴィンチ1台約3億円、維持費に年間2500万円がかかると言われている。)
また、他の手術においてはまだ保険適応されておらず、自由診療となり全額自己負担となる。これでは、一部の裕福な方しか手術を受けられず十分な件数を手術することも出来ないため、病院側は減価償却することが難しくなる。このようなことより、導入を渋る病院が多いのが現状だ。
ただ、日本においてGDPに占める総医療費は8.2%、また公的医療費は6.7%で先進国の中で最低である。高度先進医療の保険適応が望まれる一方で、ますます財政を圧迫することに繋がることは想像される。
ダヴィンチの抱える問題2 :技術面の問題
ダヴィンチの抱える技術面の問題として最も大きいのは、鉗子の感触を伝える機能を持たないことだ。鉗子で掴んでいるものが堅いのか柔らかいのか、どの程度の力で握る必要があるのかなどを知ることは難しく、医師の慣れに任せられているのが現状だ。
一方、イタリアの製薬会社であるSOFARの開発したTelelap ALF-Xは、da Vinciのような機能も持つが、触覚に関してのフィードバックを行うことが出来る手術用ロボットであり、今後の動向は大きく注目される。
ダヴィンチの抱える問題3 :患者側のメリット
ダヴィンチを用いることで、医師にとってのメリットについては前述したが、ロボット手術と内視鏡手術とを比べた際の有用性について患者の視点より考えてみたい。
7200人の患者を含む、9つの無作為化観測臨床研究を用いたメタアナリシスでは、ロボット手術の手術時間は、従来の腹腔鏡補助胃切除術および胃癌のための開腹胃切除術に比較して長いものだった。また、推定失血量は、ロボット手術では開腹胃切除術に比べて有意に少なかったが、腹腔鏡補助胃切除術では失血は殆どなかった。また、ロボット手術の平均入院期間は腹腔鏡補助胃切除術とほぼ同様で、入院期間はロボット手術は開腹胃切除術と比較して有意に短かった。【1】
これらの結果より、胃がんの手術におけるロボット手術は、開腹胃切除術に比べて有意に有用であるが、腹腔鏡補助胃切除術に比べると高価でしかも手順が長く、有用な方法であるとはいえないということになる。
論文では、この原因として執刀医の経験不足などもあげられているが、ロボット手術は万能ではなくあくまで執刀医のサポートする存在であるため、このようなアウトカムが出てきたと考えられる。また、胃がんは比較的に腹腔鏡補助胃切除術が容易であり、経験数も多いためこのような結果が出たと推察される。
もちろん、この論文の結果というのはロボット手術の一側面を表したにすぎない。だが、患者の立場に立った際に、ロボットを活用することが最善の解決策だと断言できるものではないことを示唆している。
ダヴィンチシステムが代表するロボット手術は非常に印象的で革命的であり、医師にもたらしたメリットは非常に大きいものだ。今後もその技術の更なる発展に期待していくと同時に、その価値を見極めていきたいと思う。
via 【Intuitive Surgical】
via 【Medgadget】
via 【SPECTRUM】
【参考文献】
1. Hyun MH, Lee CH, Kim HJ, Tong Y, Park SS; Systematic review and meta-analysis of robotic surgery compared with conventional laparoscopic and open resections for gastric carcinoma. Br J Surg. 2013 Nov;100(12):1566-78.
Author Profile

- ライターTwitter:@kazuki24_
- 慶應義塾大学医学部4年生。NPO法人ジャパンハートにて、クラウドファンディングプロジェクトを成功させ300万円を集めた実績を持つ。ソーシャルグッドを専門に、NPO向けのネットメディアであるテントセンでのライターを務める他、自身の学業である医学とITとの連携に広く興味を持つ。
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